どうしても年齢を重ねると、昔を懐かしがるものなのかもしれないです。
昔の思い出、昔うまくいったこと、昔の武勇伝等、語る人も多々おられますね。
「昔は良かった」「昔の方が〇〇だった」と。
でも、個人的には懐古主義というのはあんまり良いものとは思わないですし、好きにはなれないです。
もちろん、昔の方が良かったこともあるかもしれないですが。
昔を懐かしがることの弊害
前向きではない
たまに昔のことを懐かしがるのは良いですが、あんまりその度が過ぎているのもどうなのかなと思います。
今は今この時も時を刻んでいて、現在進行中なんですよね。
過去にはもう生きることができないのに、過度に懐かしがっても仕方がないですよね。
過去ばかりにしがみついていると、せっかくのこの今という時間を無駄にしているとしか思えないですね。
成長が止まる
私も正直、懐メロみたいなものを聴くのは好きです。たまに聴くと、あー懐かしいな~と思います。
過去の思い出が曲と共にフラッシュバックしますよね。
でも、正直、そればかり聴いていたら、もう他の時代のものを受け入れないのと変わらないのかなと思います。
私にとって耳慣れしている曲というのは、若い頃流行った曲ですが、個人的にはそればかり聴かないようにしています。
というのも、昔の曲ばかり聴くという行為は、現在の音楽を否定しているとも言えるかもしれないですね。昔の曲の方が良かったと。ですから、個人的には新旧の曲をこだわりなく聴くようにしています。
音楽に限らず、例えば、仕事でメールやLINEなどのアプリを否定して、連絡は電話かFAXでとかいう企業があったとすると、それはもう昭和か?と言われますし、普通そんな企業とは取引したいと思わないですよね。もちろん、コンプライアンスの問題も加味しないといけない面もありますが。
また、過去の企業の栄光にしがみついて、なかなか現実を直視できていないことっていうのも多いのかなと思います。今の日本も多少なりともそういうところはあるのかなと思います。各国の企業に追い抜かれたのに、まだ過去の栄光から脱却できないとか。
過去にしがみつき過ぎるとあんまり良いことない気がします。
今と比較して過去の方が良かったというのはどうなの?
一人で「あっ~昔は良かったな~」とつぶやくのは良いですが、実際にその時代を生きていない人の前で、今の時代と比べて昔は良かったと言うのは個人的にはどうなの?と思いますね。
ある意味、間接的に自分の時代以外に生きた人を馬鹿にしているようにも聞こえないくもないかなと思います。
実際に私もその餌食になることがたまにあって、正直良い気分にはならないですね。
相手は過去の武勇伝を語って気持ちが良いようですが。
例えば、私はロスジェネ世代なのですが、バブル世代の人と飲みに行くと過去の武勇伝を語る人が多くて辟易します。
自分のちっぽけな過去の経験だけを持ち出して、しまいには「ああしろ」、「こうしろ」と、こちらの状況を全く理解しようとせず、頭ごなしに説教しだしてうんざりします。本当にこういう人多いなと思いますね。
個人的にはこんな爺さんには決してなるまいと心に決めるきっかけになったので良かったと思います。
懐古と回顧
「懐古」という言葉と、「回顧」という言葉があるようです。
似たような意味のようですが、前者の懐古は「昔は良かったと懐かしむこと」で、回顧は「過ぎ去った出来事をあれこれ思いかえすこと」だそうです。
ちなみに、「懐古」の対義語は「未来志向」で、「回顧」の対義語が「予想、展望」だそうです。
ブログのタイトルに「未来志向」と「懐古」をたまたま入れましたが、たまたま見事に対義語だったようです(笑)
いずれにしても、「懐古」と「回顧」の対義語の「未来志向」とか、「予想、展望」という意味には前向きな印象がありますね。
できるだけ前向きな姿勢で生きたいものですね。
まとめ
過去の経験から今をもっとよりよくしていこうという気持ちがあるのなら良いですが、過去の栄光ばかりに捉われてがんじがらめになるのはどうなのかなと思いますね。
過去から学ぶことは大事ですが、過去にしがみついてしまうと成長の足かせになる場合があると思うので、注意しなくてはいけないのかなと、記事を書きながら思いました。
いい年した人が、流行りものばかりを追いかけるのもどうかと思いますが、少なくとも現実を直視して、今を頭ごなしに否定だけはしないようにしないといけないなと思いますね。